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先日こんな質問を受けました。

「最近、瞑想に興味があっていくつかクラスを受けたのですが、目を閉じる瞑想と、開けたままの瞑想がありました。どっちが正しいのでしょうか?」

答えとしては、どちらが正しい、どちらが間違っているということはありません。

それぞれに目的があることなのです。

今回は瞑想で目を閉じる、目を開けるそれぞれの意味についてお話ししていきます。

目を閉じることで心が落ち着く

ヨガの重要な文献であるヨーガスートラには、瞑想を深めていく事前準備として【五感の制御】が紹介されています。

五感とは、視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚のこと。

ヨガの教えでは、この五感が外の情報と私たちの心をつなぐ窓口のような役割をしていると考えています。

目で美しい景色を見て、嬉しい気持ちになる
耳で聞きたくない言葉を聞いて、悲しい気持ちになる
舌でおいしい料理を味わって、幸せな気持ちになる

このように、五感でキャッチした情報によって私たちの心は動きます。

ヨガで言われる瞑想の目的は、揺れ動く心の波を鎮めること。

五感がなんでもかんでも情報を拾い上げていたら、心は忙しくなって鎮まるどころではなくなります。このため、瞑想の最初の段階として、まずは五感を制御することが必要なのです。

特に視覚は、私たちが知覚できる情報の8~9割を担っているとされます。

瞑想で目を閉じるのは、この視覚を制御し、外からの情報に引っ張られにくくするため。目を閉じてみて下さい。それだけで、なんとなく心が落ち着く感覚があるかもしれません。

じっと見つめて、愛おしく。「食べる瞑想」のススメ

目を開ける目的は?より瞑想を日常に

では、なぜ目を開いて行う瞑想があるのでしょか?

それは、日常の生活に近い状態で瞑想をし、より日々の生活に活かそう、という考えからです。私たちの1日で、目を閉じて静かに座っていられる時間はどのくらいあるでしょう。

意識的に瞑想でもしない限り、眠っている時以外は、目を開き、音を聞き、あらゆる情報にさらされ続けています。

目を閉じ、静かな場所で瞑想する時は心が落ち着いたとしても、日常に戻れば、落ち着きを持ち続けるのは至難の業。

でも瞑想で得られる心の安定や穏やかさは、日常の生活にこそ反映していきたいもの。あえて、目を開けることで日常生活に近い状態をつくり出し、その中でも心を静かに保つ練習をしていくのです。

今度は目を軽く開けたまま、少しの時間静かに座ってみましょう。目を閉じている時よりも、落ち着かない感じがしたり、ソワソワすることに気づくかもしれません。

【連載】やさしく学ぶヨーガスートラ第10回 日常生活をヨガ的に生きるとは?

瞑想で大切なのは続けられること

目を閉じる、うっすらと目を開ける半眼、目を開ける、色々なアプローチがあり、それぞれに意味があります。共通して意識してほしいのが目に力を入れすぎないこと。

目に力が入ると、脳が緊張し、カラダや心の緊張につながります。必要以上の緊張や、難しさは瞑想を続けることへのハードルを上げてしまいます。

瞑想は続けていくことが大切。

まずは、緊張せずに続けられる、自分に馴染むやり方から始めてみてくださいね。

11回、瞑想で心を洗おう

朝起きてから寝るまで、毎日色々な出来事が通り過ぎていきます。楽しいことや、嬉しいこともあれば、イライラしたりモヤモヤしたりして心がちょっと疲れてしまうこともありますね。

でも、それは自然なこと。大切なのは、そういった感情を溜め込むことなく日々リセットすることです。その手段としておススメしたいのが「瞑想」の習慣化。

1日1回「瞑想温泉」に、どっぷりつかって心をきれいに洗い流しましょう。

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