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日本でもヨガを実践することが一般的になってきた今、ヨガのエクササイズ的な要素以外である、心や思考に作用する“ヨガの教え”に興味を持つ方も増えています。

この連載では、ヨガの教え=ヨガ哲学を体系的に学べる『ヨーガスートラ』を、ヨガインストラクター養成校の講師・インストラクターたちが解説していきます。

心が静まると、真実の自分に出会える

前回の【連載】やさしく学ぶヨーガスートラ第8回真実を見つめ、心を穏やかにでは、【どのようにしたら心は穏やかであり続けるのか】について、を学びました。

そこで今回は、【本当の自分は、自分の中心にある】についてヨーガスートラの一節を読み解いていきましょう。

■ヨーガ・スートラ1章41節

クシーナ・ヴルッテーヘ アビジャータッシャ エーヴァ マネーへ グラヒートゥル グラハナ
グラーハイェーシュ タッ・スタ タッ・アンジャナター サマーパッティヒ
考えが静まる時、人の本質は、変化する様だけれど、本当はどんなことにも影響されないと言う理解に至ります。
※ヨーガ・スートラ(やさしく学ぶYOGA哲学ヨーガスートラ参照)

いろいろな顔をもつ私

それでは皆さん、突然ですが質問です。

あなたは誰ですか?

この質問を投げかけられて、今あなたはポカンとしながらも「私は誰?」を考えましたね。

例えば、「私は山田花子です」「私は会社員です」「私はパンが好きな人です」など、たくさんの私が浮かんできませんでしたか?

この「私は○○です」という「○○」の多くは、誰かに「私」を説明するときに使う、名詞のようなものです。
でも、本当にそれがあなたでしょうか?

さて、今回は今こうして、あなたの中にポッカリと浮かんだ、『本当の私ってなに?』
という疑問と『自覚できている「私」が世界をどのように認識しているのか』について触れた一節をご紹介します。

ヨーガスートラの章の中でも、少し理解するのに難しいかもしれませんが、ヨガ哲学の考え方の中ではとても大切な章になるので、最後までお付き合いくださいね。

私から観ても、他の誰かから見ても私

先ほど例をあげたように、「私は○○です」と説明した「○○」に入る言葉は、他の誰かと比較したとき、自分をより分かりやすく説明することに使いますね。

これは、私から観た私でもあるし、他の人から見た私でもあります。

少し難しい話になるのですが、ヨガ哲学では『私たちが世界と関わる時、考えは無意識のうちに世界を3つに分けて捉えている』と説いています。

①観る者 ②観ている事 ③観られる物  
※ヨーガ・スートラ(やさしく学ぶYOGA哲学ヨーガスートラ参照)

例えば、あなたは母親で子供の前にいるとします。

子供を見ている私が①観る者、子供は③観られる物、「私は母親だ」という感覚が②観ていることに当たります。
そして、これは立場や環境が変わればどんどん変わります。
朝、家の中で子供と関わる間は「母親」、会社に着けば「社員」、夫から連絡があれば「妻」、パンの話をしているときは「パンが好きな人」。

でもそれは自分と外から見た名詞をつけられた私であり、立場や環境が変われば「私は〇〇」が変わり、その役割によって心の持ちようも変わりますよね。

では、もう一度質問です。

本当のあなたは誰ですか?

本当の私は、穏やかでクリアな存在

ヨガ哲学では「本当の私」とは、感情の波などに左右されない、穏やかで幸せに満たされた、クリアな存在だと説いています。

さらに、ヨーガ・スートラでは「本当の私」の存在のことを、透明でクリアな「水晶」だと表現しています。
私は、「本当の私」を「水晶」と例えている考え方が、とても素敵だなと思っています。

水晶は透明なので、水晶の近くにあるものの色を写し込みます。
でも、決して水晶自体が色に染まることはなく、水晶は変わらずクリアな透明のままです。

同じように、私たちも水晶と同じで、どんな状態であっても「私は私」なのです。

つまり、私たちは毎日服を着替え、さまざまな感情の波を経験していますが、どんな服を着ていても、そのとき感じている感情の波も、それが本来のあなたではないですよね。

着ている服があなたではないように。

では、どうしたら、人から見られている立場や、自分が見ている視点、身に着けている物や環境、自分の感情に左右されることない、本当の私に出会うことができるのでしょうか。

ヨーガ・スートラでは、瞑想によって「本当の私」に気づくことができると説かれています。

呼吸を通して感じる「私」が、本当の「私」

「イライラしているお母さんをやめたいのに」「本当は、素直になりたいのに」など、自分の気持ちとは裏腹に態度にでてしまうとき、ちょっと冷静になって、深呼吸をして少し気持ちが落ち着いた、という経験はありませんか?

その落ち着いた気持ちこそ、「本当の私」に出会える入り口なのです。

では皆さん、できれば今、手を止めて目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしてみてください。

深く呼吸をしている間、あなたは「イライラしているお母さん」や「会社で働く会社員」でしたか?

おそらく、役割や感情から離れ、心の波も穏やかになったのではないでしょうか?

少しの間でも静かに呼吸をすると、荒波が穏やかな湖面のように鎮まり、心はまーるく落ち着いてくるものです。
この、まーるく穏やかな今のあなたが、「本当の私」という感覚に近い状態なのです。

そして、本当はこの穏やかでくつろいだ状態が途切れなく続いているのが、クリアで純粋な水晶のような「本当の私」です。

ヨガは、カラダと心はこの世界と関わるための道具

「心やカラダを使って、私は○○という役割を果たし、感情の波を経験しながらも、穏やかでくつろいだ状態で生きることがヨガのゴール」と、言われています。

私たちは幸い、カラダを持って生まれてきました。

そして「本当の私」は『色々なことを経験したくて、このカラダや心を使っているらしい』と思うと、自分に降りかかっている良いことも悪いこともユニークで面白い経験だと感じられるかもしれませんね。

さまざまな経験を通して、自分の気持ちが見えにくくなったら、ゆっくり深呼吸をしてみてください。

ほんの少しの時間でも、自分の中に渦巻く感情や考えをゆったりと眺めてみましょう。
自分が何を感じ、何を望んでいるのか?経験を味わい尽くしてみましょう。

そして、穏やかでまーるい自分と繋がったとき、幸せなステップに磨きがかかり、あなたらしい輝きが増していくのだと思います。

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